東京地方裁判所 平成8年(ワ)21398号・平10年(ワ)3409号・平9年(ワ)11834号 判決
平成八年(ワ)第二一三九八号 商号登記抹消登記請求事件(甲事件)
平成九年(ワ)第一一八三四号 商号抹消登記請求事件(乙事件)
平成一〇年(ワ)第三四〇九号 商号使用差止等請求事件(丙事件)
甲事件・乙事件・丙事件原告(以下「原告」という。)
株式会社壁の穴
右代表者代表取締役 伏木政光
右訴訟代理人弁護士 丹羽一彦
右甲事件原告訴訟復代理人・乙事件及び丙事件原告訴訟代理人弁護士 金子浩子
甲事件被告 内河熙
乙事件被告 株式会社壁の穴
右代表者代表取締役 渡邊芳次郎
丙事件被告 壁の穴フーズ株式会社
右代表者代表取締役 内河熙
右三名訴訟代理人弁護士 浅香寛
主文
一 甲事件被告は、原告に対し、東京法務局渋谷出張所昭和五二年二月二二日受付をもってした甲事件被告の商号登記中、「壁の穴」の商号登記の抹消登記手続をせよ。
二 乙事件被告は、「株式会社壁の穴」の商号を使用してはならない。
三 乙事件被告は、原告に対し、東京法務局新宿出張所平成六年四月二八日受付をもってした乙事件被告の設立登記中、「株式会社壁の穴」の商号登記の抹消登記手続をせよ。
四 丙事件被告は、「壁の穴フーズ株式会社」の商号を使用してはならない。
五 丙事件被告は、原告に対し、東京法務局新宿出張所昭和三七年一〇月五日受付をもってした丙事件被告の設立登記中、「壁の穴フーズ株式会社」の商号登記の抹消登記手続をせよ。
六 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
第一請求
一 甲事件
主文第一項同旨
二 乙事件
(主位的請求)
主文第二、三項同旨
(予備的請求)
乙事件被告は、原告に対し、東京法務局新宿出張所平成八年一一月一二日受付及び東京法務局渋谷出張所平成八年一一月一八日受付をもってした乙事件被告の支店設置登記中、「株式会社壁の穴」の商号登記の抹消登記手続をせよ。
三 丙事件
主文第四、五項同旨
第二事案の概要
(甲事件)
一 請求原因
1 原告
原告は、昭和五一年三月三日、商号を「株式会社大阪壁の穴」、本店を大阪市、目的を飲食店の経営等として設立され、同年三月初旬、「壁の穴大阪キタ店」を、成松孝安(以下「成松」という。)の事業であった「壁の穴」フランチャイズの一号店として開店した。そして、成松の事業が法人成りした「株式会社パスタの専門店壁の穴」(以下「パスタの専門店壁の穴」という。)から、昭和五六年二月二七日に渋谷区宇田川町の「壁の穴」本店及び同区内の原宿店の譲渡を受けるとともに、同社と共に全国的なフランチャイズ事業を共同管理することとなり、同年六月四日、商号を「株式会社壁の穴」に変更した。
原告は、今日までスパゲティ専門店「壁の穴」の経営及び全国チェーンである「壁の穴」フランチャイズ事業の管理等を行ってきたが、平成八年九月一日、「パスタの専門店壁の穴」からその営業全部を譲り受け、今日に至っている。
2 商号の廃止
甲事件被告(以下「被告内河」という。)は、昭和五二年二月二二日から、東京都渋谷区内に東京法務局渋谷出張所昭和五二年二月二二日受付の「壁の穴」の商号(以下「本件商号(一)」という。)を登記(以下「本件登記(一)」という。)しているが、正当な事由なく、少なくとも平成三年四月二〇日以降現在まで東京都渋谷区内において営業を行っておらず、右商号を使用していないから、商法三〇条により右商号は廃止したものとみなされる。
これに対し、被告内河は、平成七年二月二八日、丙事件被告(以下「被告壁の穴フーズ」という。平成九年一一月一九日の変更登記前の旧商号新世界興業株式会社。)に対し、「壁の穴」の商号使用を許諾し、被告壁の穴フーズが右商号を使用していると主張するが、その主張の根拠とする商号使用に関する覚書(乙五)は、その体裁からすれば専用使用権設定契約書(乙四)と同時に作成されたものとは考えられず、むしろ訴訟防御のために作成されたものと考えられる上、法人である被告壁の穴フーズの旧商号は「新世界興業株式会社」であるから、「壁の穴」の商号が使用されること自体法的にあり得ないことである。また、被告壁の穴フーズが「壁の穴」の名称のスパゲティ等を販売してきたからといって、被告内河が本件商号(一)を使用したことにはならない。
3 利害関係
原告は、株式の店頭公開に先立ち、その準備として平成八年八月に本店を東京都渋谷区に移転しようとしたが、本件登記(一)が存在するため、本店所在地の移転登記をすることができないから、本件商号(一)の廃止について利害関係を有する。
4 よって、原告は被告内河に対し、商法三〇条、三一条に基づき、本件登記(一)の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1は否認する。
成松の事業はフランチャイズ事業ではなく、単なる個人商店であった。
2 同2のうち、被告内河が本件登記(一)を有していることは認め、その余は否認する。
被告内河は、平成七年二月二八日、被告壁の穴フーズに本件商号(一)の使用を許諾し、それ以降被告壁の穴フーズが本件商号(一)を使用して営業している。したがって、被告内河は本件商号(一)を使用しており、右商号は廃止されていない。
原告は、商号使用に関する覚書(乙五)と専用使用権設定契約書(乙四)とは同時に作成されたものとは考えられず、むしろ訴訟防御のために作成されたものと主張するが、被告内河は、当時被告壁の穴フーズの代表取締役であったから、右書面の存否に関わらず、被告壁の穴フーズが商号を使用することについて、使用許諾を与えていたものである。
さらに、被告内河自身も、自ら本件商号(一)を使用している。
3 同3は争う。
(乙事件)
(主位的請求)
一 請求原因
1 原告の営業表示の周知性
成松は、昭和三九年に渋谷区宇田川町にスパゲティ専門店「壁の穴」を開店したところ、その特異なネーミングと和風スパゲティを日本で初めて提供したことから話題を呼び、昭和四〇年ころからテレビ等マスコミにも取り上げられるようになった。その結果、「壁の穴」の商号は、和風スパゲティとともに外食に興味のある人々に広く認識されるようになり、東京をはじめとして全国的にその名は周知となり、遅くとも昭和五一年初めまでには「壁の穴」の商号は成松の営業表示として周知となった。
そこで、成松は、「壁の穴」のフランチャイズ事業展開を企図し、昭和五一年に原告の「壁の穴大阪キタ店」をフランチャイズ一号店とし、昭和五二年二月一日に被告壁の穴フーズのチボリ店をフランチャイズとするほか、多数の者をフランチャイジーにした。成松は、昭和五三年四月一二日、「パスタの専門店壁の穴」を東京都渋谷区に設立し、従前の個人営業を法人成りさせたが、その後資金繰りに窮し、昭和五六年に原告に対して、「パスタの専門店壁の穴」が所有していた渋谷区宇田川町の「壁の穴」本店と原宿店の営業を譲渡し、原告とフランチャイズ事業を共同管理することとなった。
そこで、原告は、昭和五六年六月四日、右営業譲渡に伴って商号を「株式会社壁の穴」に変更するとともに、以後所有店舗を増やした結果、平成六年四月には、全国に一二のフランチャイズ店、東京に七店、大阪に七店等合計一八店の直営店を所有するに至っている。
したがって、「壁の穴」の表示は、平成六年ころには東京都周辺を含む全国において、原告の営業表示として外食に興味を持つ人々によって広く認識されており、以後現在に至るまで周知である。
なお、「パスタの専門店壁の穴」は、原告の営業表示として「株式会社壁の穴」が周知となったので、平成八年七月二六日に解散し、同年九月一日に原告にすべての営業を譲り渡した。成松は、原告の取締役として原告の事業に参加している。
2 乙事件被告(以下「被告壁の穴」という。)の行為
被告壁の穴は、平成六年四月二八日、商号を「株式会社壁の穴」、本店を新宿区、目的を高級レストラン、飲食店並びに料理教室の経営等として設立された。そして、平成一〇年五月三一日、被告壁の穴フーズから全部の営業を譲り受け、レストラン店の営業及び「壁の穴」の商標のスパゲティやソースの販売等を行っている。
3 営業表示の同一性
被告壁の穴の営業表示である商号は「株式会社壁の穴」であり、これは原告の商号と同一である。
4 混同のおそれ
被告壁の穴は、「株式会社壁の穴」の商号の下に「壁の穴」の名称のレストランの経営及び「壁の穴」の商標を付したスパゲティやソースを販売しており、消費者に原告の経営するスパゲティレストランが直接右スパゲティやソースを販売しているかのような誤認を与えているから、原告の営業と被告壁の穴の営業との混同を生じさせ、又は混同を生じさせるおそれがある。
5 不正の目的又は不正競争の目的
従前、被告壁の穴フーズは、旧商号である「新世界興業株式会社」の商号を明示して「壁の穴」商標のスパゲティ等を販売していたが、被告壁の穴は、本件訴訟係属中である平成一〇年五月三一日に被告壁の穴フーズからその全営業を譲り受け、「株式会社壁の穴」の商号を明示してスパゲティ等の販売を行っている。被告壁の穴の右商号使用行為は、既に周知となっている原告の商号と同一の商号を、あえて同種の営業で使用するものであり、原告の周知となった営業表示の顧客誘引力のただ乗りを企てるものであるから、不正の目的又は不正競争の目的がある。
6 営業上の利益の侵害
原告は、被告壁の穴の前記2の行為により、営業上の利益を侵害され、又はそのおそれがある。
7 よって、原告は被告壁の穴に対し、選択的に不正競争防止法二条一項一号、三条、商法二〇条一項又は二一条に基づき、「株式会社壁の穴」の商号の使用の差止めを求めるとともに、東京法務局新宿出張所平成六年四月二八日受付をもってした被告壁の穴の設立登記中、「株式会社壁の穴」の商号登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、成松が昭和三九年に渋谷区宇田川町にスパゲティ専門店「壁の穴」を開店させたことは認め、その余は否認する。
(一) 成松の事業はフランチャイズではない。
被告内河は、昭和三七年一〇月五日、被告壁の穴フーズを、商号を「新世界興業株式会社」として設立し、昭和三八年以来、新宿において飲食店「チボリ」を営業していた。被告内河は、昭和五二年ころ「チボリ」について新規業務による発展を目指していたところ、当時成松の開店したスパゲティ専門店「壁の穴」が話題となっていたので、被告壁の穴フーズと成松は、成松は料理法を指導する、被告壁の穴フーズはその代金を支払うことなどを内容とする契約を締結し、新宿西口京王モール街に「壁の穴」の名称を使用したスパゲティ店を開店した。原告は、成松と被告壁の穴フーズとの関係をフランチャイズと主張するが、両者の関係は、出店及び料理技術指導等を内容とする契約を結んだだけで、何らの資本・物流に基づく組織的なつながりではなく、個人商店の独立した関係であるから、フランチャイズではない。
(二) 「壁の穴」は被告壁の穴フーズの営業表示として周知となった。
原告は、「壁の穴」の商号は、昭和五一年初めころには成松の営業表示として周知となったと主張するが、当時は食マニアの間で話題となっていたにすぎず、最終消費者である一般人に成松の「壁の穴」が周知となっていたわけではない。「壁の穴」の商号が一般人の間にスパゲティの店として周知となったのは、昭和六二年から平成二年ころであるが、その理由は、被告壁の穴フーズが新宿西口の京王モール街においてスパゲティ専門店「壁の穴」を営業し、広範な宣伝活動を行っていたからであって、「壁の穴」の商号は被告壁の穴フーズの営業表示として周知となったのである。
(三) 原告は、パスタの専門店壁の穴から「壁の穴」商号の周知性を承継していない。
原告は、昭和五六年二月二七日に原告が「パスタの専門店壁の穴」から営業譲渡を受け、商号の周知性も承継したと主張するが、「パスタの専門店壁の穴」と「壁の穴」は異なる商号であるから、周知性判断の上で同一に論ずることはできないし、昭和五六年当時、「パスタの専門店壁の穴」は設立されてわずか三年であるから、「壁の穴」の商号が周知となってはいなかった。したがって、原告は「パスタの専門店壁の穴」から「壁の穴」商号の周知性を承継することはできない。
(四) 被告内河は、「パスタの専門店壁の穴」が設立された昭和五三年四月一二日以前である昭和五二年二月二二日に商号登記を行った。原告が「大阪壁の穴」から「壁の穴」に商号登記を変更したのは、その後の昭和五六年六月四日である。
2 同2、3は認める。
3 同4は否認する。
4 同5は否認する。
前記のとおり、被告壁の穴の「壁の穴」の商号は、原告が「大阪壁の穴」から「壁の穴」に商号変更する昭和五六年六月四日以前の昭和五二年二月二二日、被告内河によって登記され、その後、被告内河から右商号の使用許諾を受けた被告壁の穴フーズの営業と宣伝活動によって、次第に周知になったものであるから、被告壁の穴フーズから全営業を譲り受けた被告壁の穴に不正の目的及び不正競争の目的はない。
また、被告内河は、昭和五二年二月二一日、特許庁に「壁の穴」の商標出願をし、翌二二日、「壁の穴」の本件登記(一)を行ったのであって、本件商号(一)は、右「壁の穴」の商標をそのまま商号としたものであり、被告壁の穴フーズは被告内河より使用許諾を得て、本件商号(一)を使用しているのであるから、被告壁の穴に不正の目的及び不正競争の目的はない。
5 同6は否認する。
(予備的請求)
一 請求原因
1 主位的請求の請求原因1及び2に同じ。
2 被告壁の穴の支店設置登記
原告は、東京都渋谷区に本店を移転することを計画していたところ、平成八年夏、被告内河が同区内に個人商号として「壁の穴」の商号を登記しているが、被告内河は同区内で右商号の下に営業をしていないことが判明した。
そこで、原告は、右登記が存在していると原告の本店移転登記ができないので、同年一〇月三〇日、東京法務局渋谷出張所に対し、商法三一条に基づく商号登記抹消を申請したところ、被告壁の穴は、同年一一月七日に東京都渋谷区に支店を設置したとして、平成八年一一月一二日に東京法務局新宿出張所に、平成八年一一月一八日に東京法務局渋谷出張所にその旨の支店設置登記(以下「本件登記(二)」という。)を行った。
被告壁の穴は、右登記上の支店において何ら営業活動を行っていない上、代表取締役が被告内河、取締役が被告内河の妻であるなど、事実上被告内河の支配下にある会社である。
したがって、本件登記(二)は、原告が渋谷区に本店登記をしようとしたのを知り、特段の営業上の必要性がないのに、原告の本店登記を妨げるためだけの目的でしたものであるから、被告には不正の目的又は不正競争の目的がある。
3 商号の廃止
被告壁の穴は、本件登記(二)の登記後二年を経た平成一〇年一月一八日においても渋谷区内の支店営業所においてはその商号を使用していないから、商法三〇条により右商号は廃止したものとみなされる。
4 原告は、本件登記(二)の存在により本店登記を移転することができず、営業上の利益を害されるおそれがある。
5 よって、原告は被告壁の穴に対して、選択的に商法二〇条一項、二一条又は三〇条、三一条に基づき、東京法務局新宿出張所平成八年一一月一二日受付及び東京法務局渋谷出張所平成八年一一月一八日受付をもってした乙事件被告の支店設置登記中、「株式会社壁の穴」の商号登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、主位的請求の請求原因1は否認し、同2は認める。
2 同2のうち、被告壁の穴が本件登記(二)を有していることは認め、その余は否認する。
被告壁の穴の本件登記(二)の商号の使用は、昭和五二年二月二二日に「壁の穴」の商号登記した被告内河から使用許諾を得て、商号登記して営業活動を行っているものであり、被告内河の商号登記の日より後の昭和五六年に成松の店舗を買い取って大阪から東京へ進出し(本店所在地は大阪のまま)、「大阪壁の穴」から「壁の穴」に商号変更した原告に対し、被告壁の穴が不正の目的及び不正競争の目的をもつはずがない。
また、被告内河は、昭和五二年二月二一日、特許庁に「壁の穴」の商標出願をし、翌二二日、「壁の穴」の本件登記(一)を行ったのであって、本件商号(一)は、右「壁の穴」の商標をそのまま商号としたものであり、被告壁の穴フーズは右内河より使用許諾を得て、本件商号(一)を使用しているのであるから、被告壁の穴に不正の目的及び不正競争の目的はない。
3 同3、4は否認する。
(丙事件)
一 請求原因
1 乙事件主位的請求の請求原因1に同じ。
2 被告壁の穴フーズの行為
被告壁の穴フーズは、昭和三七年一〇月五日、商号を「新世界興業株式会社」、本店を東京都新宿区、目的をレストランやゲームセンターの経営等として設立され、右事業を営んできたが、平成九年一一月一三日、商号を「壁の穴フーズ株式会社」に、目的をスパゲティ・パスタの製造、販売並びに輸出入等に変更し、同月一九日にその旨の変更登記をした。そして、さらに、平成九年一一月一三日に渋谷区に支店を設置したとして、平成一〇年一月一二日に東京法務局新宿出張所に、同月二一日に東京法務局渋谷出張所にその旨の支店設置登記をした。
被告壁の穴フーズは、被告内河が実質的に支配する会社である。
3 営業表示の類似性
被告壁の穴フーズの営業表示である商号の要部は、「壁の穴」であり、これは原告の営業表示と同一であるから、被告壁の穴フーズの営業表示は、原告の営業表示と同一又は類似である。
4 混同のおそれ
原告は、スパゲティ専門レストランの経営、フランチャイズ業務等を行っているから、被告壁の穴フーズが「壁の穴フーズ株式会社」の商号をこれらの業務に使用すれば、一般消費者、フランチャイジーになろうとする者、取引先等に原告と被告壁の穴フーズが同一グループの事業者であると混同を生じさせ、またそのおそれがある。
5 不正又は不正競争の目的
被告壁の穴フーズは、平成九年一一月一三日、長年使用してきた「新世界興業株式会社」の商号をあえて「壁の穴フーズ株式会社」に変更するとともに、同時に渋谷区内に支店を設置し、その旨の登記をしている。
被告壁の穴フーズは、原告の周知の商号をあえてその商号の要部に使用しているのであるから、被告壁の穴フーズには不正の目的又は不正競争の目的がある。
6 営業上の利益の侵害
原告は、被告壁の穴フーズの右商号使用行為により営業上の利益を侵害され、又はそのおそれがある。
7 よって、原告は被告壁の穴フーズに対し、選択的に不正競争防止法二条一項一号、三条、商法二〇条一項又は二一条に基づき、「壁の穴フーズ株式会社」の商号の使用差止め及び東京法務局新宿出張所昭和三七年一〇月五日受付をもってした被告壁の穴フーズの設立登記中、「壁の穴フーズ株式会社」の商号登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 乙事件主位的請求の請求原因1に対する認否に同じ。
2 同2は認める。
3 同3及び4は否認する。
4 同5は否認する。
被告壁の穴フーズは、昭和五二年二月二二日に「壁の穴」の商号登記をした被告内河から使用許諾を得て、「壁の穴」の商号部分を使用しているのであって、昭和五六年に大阪から東京に進出し(本店所在地は大阪のまま)、「大阪壁の穴」から「壁の穴」に商号変更をした原告に対し、不正の目的及び不正競争の目的をもつはずがない。
また、被告内河は、昭和五二年二月二一日、特許庁に「壁の穴」の商標出願をし、翌二二日、「壁の穴」の本件登記(一)を行ったのであって、本件商号(一)は、右「壁の穴」の商標をそのまま商号としたものであり、被告壁の穴フーズは右内河より使用許諾を得て、本件商号(一)を使用しているのであるから、被告壁の穴フーズに不正の目的及び不正競争の目的はない。
5 同6は否認する。
理由
第一甲事件について
一 請求原因1(原告)は、証拠(甲七、一四、一五、二五、二六)及び弁論の全趣旨により認められる。
二 請求原因2(商号の廃止)について
1 請求原因2のうち、被告内河が本件登記(一)を有していることは当事者間に争いがない。
2 そこで、被告内河が商号(一)を使用したか否かについて検討するに、右争いのない事実及び証拠(甲一ないし六)並びに弁論の全趣旨によれば、被告内河の商号(一)を使用する営業所は、昭和五二年二月二二日に「東京都渋谷区本町一丁目七番一六号初台ハイツ六〇七」であったが、平成三年四月二〇日に「東京都渋谷区初台一丁目五一番五号アクス初台二〇二号」へ移転したのに、アクス初台二〇二号は、「東京都渋谷区初台一丁目五一番五号」の地番には存在せず、同一〇号の地番に存在する上、右アクス初台二〇二号には田村税務会計事務所等が入居しており、被告内河が右営業所で本件商号(一)を使用して営業している形跡は見受けられないこと、右田村税務会計事務所経営者である田村弘に対し、平成三年四月ころ、被告内河から特許申請のため事務所の住所を使わせてほしい旨申出があり、右田村は住所だけなら構わないのでこれを了承したことなどが認められるから、被告内河が本件登記(一)上の営業所所在地において本件商号(一)を使用していたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。そうすると、被告内河は少なくとも平成三年四月二〇日以降、本件商号(一)を使用しておらず、右不使用について正当な事由を主張・立証していないから、本件商号(一)は少なくとも二年後である平成五年四月二〇日をもって廃止されたものと認めるのが相当である。
これに対し、被告内河は、平成七年二月二八日、被告壁の穴フーズに本件商号(一)の使用を許諾し、それ以降被告壁の穴フーズが本件商号(一)を使用して営業しているから、本件商号(一)は廃止されていないと主張するが、前記説示のとおり、本件商号(一)は少なくとも平成五年四月二〇日に廃止されたものと認められるので、仮にその後に右商号の使用許諾がされたとしても、右使用許諾は既に廃止された商号についてされたものであるから、それによって法的に保護すべき商号が復活するいわれはない。また、そもそも商号は商人が営業関係において自己を表すために用いる名称であるから、右商号使用許諾時における被告壁の穴フーズの商号が「新世界興業株式会社」である以上、更に自己を表す名称として「壁の穴」を使用することは許されないと解される上、被告壁の穴フーズの商号には会社の種別を示す「株式会社」の名称を用いることが必要とされるのであるから(商法一七条)、この点からみても被告壁の穴フーズが単なる「壁の穴」の商号を使用することは許されないのであって、被告壁の穴フーズが「壁の穴」の商号を使用していたとは考えられないし、そのような事実を具体的に認めるに足りる証拠もない。そうすると、被告内河の右主張は失当である。
3 したがって、請求原因2は認められる。
三 請求原因3(利害関係)は、甲二六及び弁論の全趣旨により認められる。
四 そうすると、原告の甲事件請求は理由がある。
第二乙事件について
(主位的請求)
一 請求原因1(原告の営業表示の周知性)について
1 請求原因1のうち、成松が昭和三九年に渋谷区宇田川町にスパゲティ専門店「壁の穴」を開店させたことは当事者間に争いがない。
2 右争いのない事実、前記認定の事実及び証拠(甲七、九ないし一二、一四、一五、一七、二〇、二三ないし二七、三二ないし三五、三六の1、2、三七ないし四八、五一、五三、五四、乙二、九、一〇、三五)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 成松による「壁の穴」の開店
成松は、昭和三九年ころ、渋谷区宇田川町にスパゲティ専門店「壁の穴」を開店させたところ、特異なネーミングと和風スパゲティを日本で初めて提供したことから話題を呼び、昭和四〇年ころから以下のようにテレビ等マスコミにも取り上げられるようになった。
(1) NETテレビにおいて昭和四五年六月二三日に放映された「奥様そこがコツです-眞説スパゲッティー」では、成松による和風スパゲティーの料理法が紹介され、昭和四六年四月八日に放映された「川崎敬三の料理ジョッキー」では、渋谷のスパゲティ専門店として「壁の穴」が紹介され、成松も登場している。
(2) フジテレビにおいて昭和四八年一二月二〇日に放映された「商い情報」では、スパゲティ店「壁の穴」が、売上が年間三〇〇〇万円、荒利六割という人気店として紹介されており、成松がその店主として登場し、和風スパゲティの説明を行っている。
(3) 昭和四六年五月六日に柴田書店から発行された「まな板修行」は、TBSラジオにおいて放映された有名料理店の料理人に対するインタビューの内容を単行本にしたものであるが、成松が和風スパゲティ店「壁の穴」店主として紹介されている。
(4) 昭和四五年ころから昭和五三年ころにかけて、多数の料理店を紹介する雑誌などに宇田川町の「壁の穴」が紹介され、多数の料理雑誌において成松による和風スパゲティの作り方が紹介されている。
(二) 原告による「壁の穴大阪キタ店」の開店
原告は、昭和五一年三月三日、商号を「大阪壁の穴」、本店を大阪市、目的を飲食店の経営等として設立され、当時既にスパゲティ専門店として人気が出ていた成松の「壁の穴」フランチャイズ一号店として大阪北新地に「壁の穴大阪キタ店」を開店した。
(三) 営業譲渡
成松は、昭和五三年四月一二日に「パスタの専門店壁の穴」を東京都渋谷区に設立し、従前の個人営業を法人成りさせたが、昭和五六年ころに経営が悪化し、同年二月二七日に原告に対して、「パスタの専門店壁の穴」が所有していた渋谷区宇田川町の「壁の穴」本店及び同区内の原宿店を譲渡し、原告とフランチャイズ業務を共同管理することとなった。
原告は、同年六月四日、右営業譲渡に伴って商号を「株式会社壁の穴」に変更するとともに、以後所有店舗を増やした結果、平成六年四月には全国に一二店のフランチャイズ店、東京に七店、大阪に七店等合計一八店の直営店を所有するに至っている。
その後、「パスタの専門店壁の穴」は、平成八年七月二六日に解散し、同年九月一日に原告にすべての営業を譲り渡した。
(四) 被告壁の穴フーズは、昭和三七年一〇月五日、商号を「新世界興業株式会社」として設立され、新宿において飲食店「チボリ」を営業していたところ、昭和五二年二月ころ、成松と出店及び料理指導等を内容とする契約を結び、そのころ新宿西口京王モール街にスパゲティ店「元祖壁の穴チボリ」を、昭和六三年ころに「壁の穴新宿西口店」を開店し、営業してきた。
なお、「壁の穴新宿西口店」は平成三年一二月に閉店した。
被告壁の穴は、平成六年四月二八日、商号を「株式会社壁の穴」、本店を新宿区、目的を高級レストラン、飲食店及び料理教室の経営等として設立されたところ、平成一〇年五月三一日、被告壁の穴フーズから全部の営業を譲り受け、「株式会社壁の穴」の商号でレストラン店の経営及び「壁の穴」の商標でスパゲティやソースの販売等を行っている。
3 右認定事実によれば、成松が経営するスパゲティ専門店「壁の穴」や同人が考案した和風スパゲティは、昭和四〇年ころから、テレビ等のマスコミや多数の料理雑誌等によって幅広く紹介されており、「壁の穴」の営業表示は、遅くとも昭和五一年ころには、少なくとも東京都周辺において、スパゲティ専門店を経営する成松の営業表示として一般消費者の間に広く認識されていたものと認められる。そして、成松は、昭和五三年四月一二日に「パスタの専門店壁の穴」を設立し、法人成りの形で右営業を全部譲渡し、さらに「パスタの専門店壁の穴」は、平成八年九月一日に原告に右営業を全部譲渡している上、原告は、「株式会社壁の穴」の商号で右営業を継続し、拡大するに至っているから、右営業譲渡に伴って原告に周知性が承継されたと認めるのが相当である。
これに対して、被告壁の穴は、「壁の穴」の商号は、昭和六二年から平成二年ころに被告壁の穴フーズの営業表示として周知となったと主張するが、「壁の穴」が遅くとも昭和五一年ころまでには成松の営業表示として周知となり、これが「パスタの専門店壁の穴」に承継されたと認められることは既に説示したとおりであるし、もともと被告内河は、成松の開店した「壁の穴」がスパゲティ専門店として話題になっていたことから、成松と料理法の指導等を内容とする契約を締結し、「元祖壁の穴チボリ」及び「壁の穴新宿西口店」を開店したにすぎないことや、被告壁の穴が主張するような時点において、右二店舗が成松や「パスタの専門店壁の穴」とは区別された形で一般消費者の間で特に紹介されたというような事情も認められないことをも考慮すれば、そのような時点において「壁の穴」の商号が被告壁の穴フーズの営業表示として周知となったと認めることはできない。
また、被告壁の穴は、原告は「パスタの専門店壁の穴」から「壁の穴」の商号の周知性を承継してはいないと主張するが、商号は営業と一体として一つの価値を形成しており、営業と切り離されて存在するものではないから、営業譲渡と共に右営業を表示する商号の周知性も承継されると解するのが相当であって、被告壁の穴の右主張は理由がない。
4 そうすると、請求原因1は認められる。
二 請求原因2(被告壁の穴の行為)及び3(営業表示の同一性)は、当事者間に争いがない。
三 請求原因4(混同のおそれ)について
前記認定事実によれば、被告壁の穴は、「壁の穴」の商号でレストランの営業及び「壁の穴」の商標を付したスパゲティやソースを販売しており、原告と被告壁の穴が同一グループの事業者であるとの誤認や、原告の経営するスパゲティレストランが直接右スパゲティやソースを販売しているかのような誤認を与えているから、原告の営業と被告壁の穴の営業との混同を生じさせ、又は混同を生じさせるおそれがある。
四 請求原因6(営業上の利益の侵害)について
以上によれば、被告壁の穴が「壁の穴」の商号を、被告壁の穴の営業表示として使用し、レストランの営業及びスパゲティ等の販売等を行うことは、不正競争防止法二条一項一号の不正競争行為に該当し、これにより、原告は営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがあるものと認められる。
五 小括
したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の不正競争防止法二条一項一号、三条に基づく乙事件主位的請求は理由がある。
第三丙事件について
一 請求原因1(原告の営業表示の周知性)については、乙事件主位的請求の請求原因1において説示したとおりである。
二 請求原因2(被告壁の穴フーズの行為)は、当事者間に争いがない。
三 請求原因3(営業表示の類似性)
右争いのない事実によれば、被告壁の穴フーズの営業表示である商号の要部は「壁の穴」であり、これは原告の営業表示と同一であるから、被告壁の穴フーズの営業表示は、原告の営業表示と類似していると認められる。
四 請求原因4(混同のおそれ)について
証拠(甲二七、三四、被告壁の穴フーズ代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告壁の穴フーズは、昭和五二年ころから平成一〇年五月三一日に被告壁の穴に対して全営業を譲渡するまでの間、原告と同種のスパゲティ店を営業してきており、現在は不動産の賃貸業等を行っているものの、右営業譲渡後においてもスパゲティ・パスタの製造、販売及び輸出入等を目的としており、今後の事情いかんによってはスパゲティ店の営業等を行うこともあり得ることが認められるから、原告の営業と被告壁の穴フーズの営業との混同を生じさせ、又は混同を生じさせるおそれがある。
五 請求原因6(営業上の利益の侵害)について
以上によれば、被告壁の穴フーズが「壁の穴」の商号を、被告壁の穴フーズの営業表示として使用し、レストランの営業及びスパゲティ等の販売等を行うおそれがあるから、これにより、原告は営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれがあるものと認められる。
六 小括
したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の不正競争防止法二条一項一号、三条に基づく丙事件請求は理由がある。
第四結論
以上によれば、原告の甲事件請求、乙事件主位的請求、丙事件請求はいずれも理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 都築弘 裁判官 土田昭彦 裁判官 伊藤清隆)